序章 −障害者ケアマネジメント従事者研修にて−

 2005(平成17)年12月20日・・・・・・。
 私は大阪市住吉区に在る、大阪府教育センターにいた。
 当時、私は大阪府が主催する『障害者ケアマネジメント従事者研修』を、仕事として受講しており、この日は第2日目であった。
 私の仕事先は、行政からの委託で障害者生活支援事業(2006年4月に相談支援事業と改称)をおこなっている事業所で、障害当事者が主体となって運営している。私は、そこの健常者スタッフ(支援スタッフ)として働いていた。


 さて、この日は午後からの一講義目のテーマが、『発達障害者のニーズ』であった。この日は一日、『〇〇障害者のニーズ』というテーマの講義となっており、それぞれその障害の当事者が、自らの体験や思いを基にニーズを語った。従って『発達障害者のニーズ』の時は、発達障害の当事者が講師であった訳だ。
 私はそれまで、発達障害についてあまり聞いた事が無かった。確かこの時点で、言葉だけは知っていたと思うが、その中身はよく分からなかったのだ。「取り敢えず、どんな障害なのか聞いてみよう」という気持ちで講義に望んだ。
 講師は、何だか気の弱そうな女の人だった。一見健常者と区別が付かない。そして自らのこれまでの人生を切々と語り始めたのだが、その内容が、以下のとおりだったのだ。


・小さい頃から何をするのもトロく、しばしばドジ!バカ!などと言われながら、劣等感を持って育ってきた。
・ありのままの自分では世間に通用しないと思い、奮闘したが、中年期に差し掛かった時に体力の限界がきた。
・学校で授業中、先生の話を集中して聞くことが、なかなか出来なかった。
・家に帰ると家のチャンネルに切り替わってしまい、学校の出来事をなかなか思い出せなくなる。
・宿題や時間割がうまく出来ず、「なんで出来ないんだろう?」といつも思っていた。
・たとえば洗濯カゴを、絶対に通る位置に置かないと、洗濯することなどを忘れやすい。
・「自分はどこか違う」と強く感じていて苦しくても、周りからは「そんなん誰でもあるよ。考え過ぎ」と言われてしまう。
・頭の中がしばしば混沌として、考えを整理しにくくなる。自分の頭自体に疲れて、いつもボーッとしている。
・集中すると、一度に5人ぐらいに話しかけられている様な感覚になって、すぐに疲れることがある。
・頭を空っぽにするということが難しく、寝ている時以外は常に、何かしらフル回転している様な心地。
・忘れ物が多く、物をすぐに無くす。メモ書きも長続きせず、習慣になりにくい。
・新しい物事に慣れるのに時間が掛かるし、とても緊張する。説明が早口だと付いていけず、一度に教えられても出来ない。
・自分の欠陥がバレないように、いつも隠れるような気持ちで生きてきた。
・物を探す時にパニックになり、緊張状態が続く。探すのが下手。
・普通の人のやり方と同じだと、逆に自分には通じない。


 ・・・・・・・!!・・・・・・・!!!! 聞いている内に、私は顔面中の筋肉が緊張で引きつり、驚愕の表情になっていった。胸がドキドキと高鳴り、気が付けば、腰も座面から浮いていたのだ。
 私の顔の位置も、前の席の人の顔の、ほぼ真上になっていた。そして声に出そうになるのを必死で堪えて、心の中で講師に叫んだ。
 「アンタは一体何を言ってる・・・・・いや、つまり、
何でそんな、俺の事ばかり言うとるねん!!??


 講師は、講師自身の話をしているはずである。しかし、先程来私の耳に飛び込んできているのは、全部ではないが、8割方、この私自身と一致する話だ。
 講師よ、一体全体、
どこで私の事を、そこまで見ていたのだ・・・・・???

 もちろん、これは私の錯覚であった。実際には、この講師が私の事を知っているのは、全く有り得ない。しかし、そうと頭では分かりながらも、私の人生と講師の話が、くっつきそうな気がしてならなかったのだ。
 そう・・・・・、発達障害というのは、私にそっくりな障害だったのである。本当に、「あなたが発達障害者で講師なら、何で私が健常者で受講席におるんや?」と問いたくなる程、私の特徴に酷似している障害だった。
 これはひとえに、ものすごい発見である。当然予想外だったし、【障害の内容なのに、出てくるのは自分の話】なんて、こんな体験、する事があるのか・・・・・・???
 終了後はもう、興奮冷めやらぬ心境であった。


 この講義は、昼休み後最初の講義だった。昼食をたっぷり食べて、お腹一杯。しかも私の席は劇場型ホールの後ろの方で、すこぶる暖房が効いていた。さらに、講師の話し方である。かぼそい声で、もひょもひょ・・・・と話す。普通なら、まさしく居眠り確定であった。
 それが、終わってみれば目は爛々と輝き、顔中炎の血流になっていたのだから、本当に人生、何が起こるか分からない。この日はある意味、生涯で最も衝撃的な一日となり、今にして振り返れば、こののち歩む“旅路”に向けての、【原点】となった。


 さて、発達障害者のニーズという事で、この時も後半は『ニーズ』について話がなされた。
 先ず、「私もそんな事あるで。考え過ぎ」だけで終わらせないでほしいという事。これは私も何というか、非常に共感を持てた。そして、仕事の時など、集中しやすい様に配慮してほしい。環境とうまく折り合いが付くよう、自分も努力するので周りも協力してほしい、といったことが、ニーズとして出された。


 ・・・・・という訳で、家に帰ってからも当分緊張が解けない、忘れられない研修第2日目となったのだが、話はこれだけでは終わらなかった。


 この後、2006年2月に入ると、演習の日程が組まれた。これはグループワークで、ある程度実際にありそうな架空のケースが用意されて、皆で模擬会議を開き、ケースの対象者のニーズを実現させるべく、プランを立て合うというものだ。
 この演習に、私も当然出席していたわけだが、同じグループのすぐ隣の席の人が、大阪府の、障害者手帳の申請受理・交付等に関わる事務方の人だった。初日の最初の休憩時間、私はその人に何気なく質問した。
 「あなたの仕事は、忙しさがピークの時と比較的余裕がある時と、差が激しかったりするものなんですか?」


 何故こういう質問が飛び出したのか。実は、私の普段のメインの仕事が広報誌の作成・編集で、追い込みの時期と一段落着いた時期とでは、忙しさが丸で違うのである。年間、常に忙しさの大波小波が繰り返されており、今回の研修の期間はまさしく、大波の期間と重なっていたので、つい、自分と比較する質問が出たのだ。
 私の予想回答は「ノー」であった。そもそも手帳申請は、年間オールシーズンでイレギュラーだから、“この時期だけ急に障害者が増える”という状況は、およそ考えられない。それでも何かピークがあるとすれば、それは事務処理的に、「この時期にこれだけ集計をしなくてはならない」とか、そんな理由だろうと想像した。


 答えは私の予想に反して、「イエス」であった。私はすぐに、「集計のピークの時期とか、あるんですかね?」と訊き返したのだが、次に来た回答は、全く予想出来ないものだったのだ。
 「いいえ、障害者手帳を交付してほしいという相談・申請が、あるシーズン、すごく忙しくなるんですよ。就職活動がいよいよ大詰めとなる時期なんですけどね。12月頃とか。この前の年末あたりも忙しかったですけど、やっぱりその時期になると、急激に手帳の申請に来られる方、増えますんで」


 ・・・・・・へえ!!????
 どういう事なのか、サッパリ解らなかった。何で就職活動が大詰めになると障害者手帳となるのだ?何か関係してくるのか?『やっぱり』とか言っていたが、それはつまり、ある程度それが『普通』ということなのか・・・・・?
 そのあたりの疑問に、さらに詳しく答えてもらったのが以下の文章なのだが、これがまた、超驚愕となる、意外な内容であった。


 「就職活動が段々ピークになると、上手く適応出来ない人が出てくるんですよ。世の中のペースやスピードに付いていけなくて、どうしても就職が難しいという・・・・・。それで、『この人はもしかしたら、社会に適応する上ですごく困難な、障害か何かあるのではないか?もし障害があるのなら手帳を発行してもらって、障害者枠で雇用される方が、周囲からの理解や配慮を、してもらいやすいのではないか?』という結論に達して、窓口に相談に来られるのです。大体、学校の進路担当の先生とか、アルバイト先の上司とか、家族とかが相談に来られますが、本人自身が来られる場合もあります。それで大抵は診断の結果、障害があると判明されて、おもに知的障害の手帳が交付されますよね」


 ・・・・・!!! この間の『発達障害者のニーズ』の時の驚愕と衝撃が、急激に再現されてきた。
 『世の中のペースに付いていけない。社会に適応出来ない。スピードに全然付いていけない・・・・・・』
  これらは全て、その昔、
私自身が就職活動をしていた際、さんざん周りから指摘され、自分でも苦慮していた事ではないか!!!!

 またも内心、興奮で沸騰するような心境に突き上げられた。
 過去の自分が再現されている。就職活動をしていた当時の自分そのままの姿が、今、隣に座っている人の話の主人公として、再登場しているのだ。
 一体この研修はどうなっているのだ・・・・・!?


 いや、別に研修自体がどうこうでは、実際にはないが、約2ヶ月間のカリキュラムの中で、一度ならず二度までも、【話の内容と自分自身が重なる】状況に接する、そんなスリリングな体験を、果たしてそう、誰でもするものだろうか?
 時に32歳。この研修は、その後の人生に於ける、ある大きな方向付けをするものとなり、終生にわたり、影響を与えていくことになった。この日を起点とした自己認識への旅が、これから始まっていく事になる・・・・・。



仕切り直し!【健常者として生きる】と決めた時に進む




思い出を遺す エッセイの部屋へ       発達障害と診断 目次へ     40歳からのニューアイデンティティーへ

【40歳からのニューアイデンティティー  広汎性発達障害と診断されて】