ターニングポイント、『人に仕事を振る』ということ

 進んではミスに沈み、また進んではミスに沈み・・・・・、公私ともこの様なサイクルに苛まれていながら、私はしかし、或る面非常に充実した毎日を送っていた。
 毎日次から次に仕事がある。暇で困るという事は先ず無くて、逆にしばしば、忙し過ぎてストレスになる程であった。
 私は、自分の仕事量と忙しさに関しては、基本的に一生この調子でやっていけば、それで何の問題も無いと思っていた。学生〜社会人駆け出し時代に、当時務めていたアルバイト先で、耳にタコができる程こう教えられていたからだ。


 「ええか。仕事は自分で見付けてナンボや。見付けたらお前の勝ちや。見付けられへんかったらお前の負けや。出来る事を自分で見付けて、仕事を取っていかなアカンねんぞ」


 この教えを通じて私は、『とにかく自分の仕事の領域・持ち担当が増えたことが、社会の中で一人前であることを示すステイタスだ』と固く信じる様になっていた。それがもし出来なければ、今の職場でも評価はされないと思ったし、だからこそ毎日、残業もしなくては追い付かないぐらいの仕事量があり、忙しさに耐える姿を示し続ける事が、言い方は偉そうだが、社会人として一番完成された形だと思っていたのである。
 ところが・・・・・。


 或る時期から、そのあたりに関する私への周囲からの評価が、微妙に変わり始めた。
 「根箭さんだけいつも忙しそうにしている。ほかの人も仕事を教えてもらって覚えたら、今根箭さんがやっていることも出来るはず。もっと周りに仕事を振って、みんなの忙しさが均等になる様にしてほしい」
 こう、若い後輩から言われる様になったのだ。


 正直、最初はどう対応すべきなのか、絵図が浮かんでこなくて混乱した。先程も書いた様に、自分はずっと、仕事量や仕事範囲が、“一定量以上ある”というポジションを確立する事で、評価が高くなると信じていたのだ。それが自信にもなり、『自力で仕事を取れない、任せてもらえる仕事も無いような、頼りない存在ではない』と、最大限、自己を肯定することが出来たのである。だから、『周りに仕事を振る=自分の仕事を減らす』ことを求められるというのが、予測出来なかった。


 【仕事を振る】・・・・・、だけどどの範囲を、どうやって振っていったらいいのだろう?正直言って、自分でせっせとものにしてきた仕事を、「あまり手放したくない」という未練もあったし、人に振るにあたって色んなこと、それもエラく細かくてややこしいことを教えていかなければならない。果たして上手くいくのか・・・・・?
 何より、『自分で仕事の段取りを組める』ということが、最大の気持ちの張りになっていた私にとって、周りを見て仕事の割り振りをするという行為が、受け入れられるものであるのか、不安は少なくなかったのだ。
 私はふと立ち止まり、思った。
 「そもそも何で急に、こういう事を言われる様になったのだろう・・・・・?」


 実は、切っ掛けと言えるものはあった。
 当時、長年務めていた職員が一人退職し、代わりに新しい職員が入ってきたのだが、その職員というのが新卒だったのである。私自身が新卒就職を体験していない事もあり、そういう人への対応というのがピンと来なかったのであるが、最初はこちらからどんどん仕事を与え、教えていかなければならない。


 自分は管理職ではないものの、もうすっかり古参株になっていたから、新人への指導もそれなりにしていかないと、一般常識的にはおかしいという事になる。
 加えてその数ヶ月前、私自身がギックリ腰になって、丸1週間仕事を休まなくてはならなくなったのも、大きかった。この間、自分が片付けるべき仕事が止まってしまい、結果、「いざという時、代わりがいないのは恐い」という認識を持たざるを得なくなったのだ。確かに、代わりがいないという理由で、腰痛を押して介護に行った時には不安も大きかったし、「つらいな」と感じた。


 今まで、風邪で2〜3日仕事を休む事はあっても、1週間も戦線離脱をする事はなかった。そして、1〜2日の実習生に自分の仕事を体験してもらう事はあっても、毎日一緒に働く人に対して、いざとなったら自分の仕事をやれる様にするというのは、考えた事がなかったのだ。
 これからは、そういうことも念頭に置き、取り組んでいかなければならないという訳で、私の仕事人生に於ける、大きなターニングポイントとなった。


 私は仕事に夢中になると、いつでも周りが見えなくなっていたし、自分でも「余裕が無い」という言い方はよくしていたが、元々周りを見る余裕というもの自体、あまり体験していない様に思えた。
 自分の仕事を確立して、社会人として一人前に見えるように、効率的な段取りの組み方を目指す。私にとっては、それが大きな自己実現≠ニなっていたのだろう。そしてその部分でのベストの状態にこだわるあまり、一たび調子の歯車が狂いだすと、たちまち精神的にもバランスが崩れて負の連鎖に陥り、自分では気付かぬ内に、周りの空気を相当悪くするという事態を招いていた。


 今振り返れば反省する事しきりだが(今でも改まっているとは言えない)、結局のところ私は、【自分の仕事の流れを確立した】という状況の上に、あぐらをかいていたのではないだろうか?そしてその裏、仕事が増えたことで忍び寄る負担感には、目をつむっていたのである。
 『どれだけ人より多くの仕事を持っているか』を示すだけでは、いずれはしんどくなってしまい、周りからの評価もマイナスに転じる結果になりかねない。『実は負担が増えてきてしんどい』と、どこかで自覚をしているのなら、そのことを客観的に受け止め、先ずは負担を減らす方向に努力しなくてはならない。それが、プラス評価につながる。


 段々勤務年数が長くなってきて、新人だった頃とは明らかに環境が変わった今、求められるものは変わってきているという事だ。そのことに、一から気付かされたような気がする。
 今回の【周りに仕事を振れ】の一言は、最終的には周りのスタッフから見た、全体の空気を察しての助言というのが正しいのかも知れない。



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