主題歌は「わたしのうた」、【くじけないで】 映画は宝探し

 発達障害の診断が下り、40歳にして『自分の本当の姿と出会った』という、生涯忘れ得ぬ体験をしてから6日後の、12月23日、私は京都の映画館に足を運び、かねがね観たいと思っていた、【くじけないで】という映画を観た。


 【くじけないで】は、90歳を過ぎてから詩を作り始め、98歳にして詩集『くじけないで』を自費出版した、柴田トヨさんという、実在の人物の生涯を描いた映画である。
 柴田トヨさんは1911(明治44)年に生まれ、99歳の時には、『99歳のデビュー、詩人・柴田トヨの世界』展も開催されたが、2013(平成25)年1月20日、101歳でこの世を去った。


 私は1度、偶然テレビで柴田トヨさんの特集が放送されているのを見たことがあった。見たといってもほんの一部だけなのであるが、2013年10月、旅行で福井に行った時に、電車の駅待合室のテレビで見ていたのだ。90歳を過ぎてから作成を始めたという詩の数々が、本人のインタビューを交えて紹介されており、私も「へー!そんな年齢から新しい創作活動開始って、すごい話だなぁ」と印象に残ったものだから、よく憶えていた。ただ、今から思うと、私がテレビで見た時というのは、もう本人は亡くなった後だったことになる。


 かつて学生時代、私も短歌や俳句を詠むのが趣味だった時期があった。当時は「将来、詩集を出版出来たらいいな」と夢見ることもあり、高校1年の秋に、一度だけ私の作品が朝日歌壇に載ったのは、今でも貴重な思い出だ。


 さて、映画であるが、監督は深川栄洋である。過去、何作か深川監督の作品は観たことがあったが、今回の作品はタイトルにもすごく惹かれたし、主題歌が、最近何回か聞いてすごくハマった、由紀さおりの『わたしのうた』だったので、なおさら観たくなっていた。
 なかなか時間を作れず、もう一部の映画館でしか上映されていない終了間近の時期になって、やっと観れたという作品であった。鑑賞場所が京都の映画館になったのはそのためである。


 この作品、内容もさることながら、構成にすごく惹かれた。
 柴田トヨさんの、90年以上にも及ぶ長き人生の様々な出来事が、ランダムに蘇るのである。時系列順ではなくランダムにというのが、いかにも人のリアルな“思い出し方”に同行しているみたいな気分になれて、いい展開の仕方だと思った。こういう深川監督の手法には、私は観ていて引き込まれていった。


 柴田トヨ役の八千草薫の演技も、ある時は凛として、またある時は可愛らしくて、さらにある時は親バカで(笑)、圧巻だったなぁと感じた。
 武田鉄矢の、いい加減だらしないバカ息子ぶりの演技にも思わず笑ってしまったが、息子の柴田健一というのも実在の人物な訳で、実際あそこまでバカ息子≠ネ面があったのか?と、半分疑問にも感じたりして(笑)。
 いずれにしても、演出の深川監督の腕が成せた業であるのは事実だが、かつては私も、役者を志したことがある。
 自分より若い監督がどんどんメジャーになっているのを見た時、それだけ歳月が進み、自分の役者志願の時代が遠くなったことを自覚するのだった。


 映画のタイトルにもなった、『くじけないで』という詩の一節。
 《私 辛いことがあったけれど 生きていてよかった》
 倍にしても届かない年齢の人からこう言われたとあっては、私みたいなボンボンでお坊ちゃまの感じた苦労など、子どもみたいに思えてくる。


 これ以上の具体的な内容は、ネタバレにもなってしまうので割愛するが、私は、柴田トヨが詩を書き始めたことが切っ掛けで、これまで遭遇した数多くの出来事が、古今東西問わず次々にプレイバックされていくのを観て、涙が溢れずにはいられなかった。何故か?
 今まさに私が、発達障害者と診断されたことが切っ掛けで、健常者として遭遇した数多くの出来事が、古今東西問わず次々にプレイバックされているからである。


 恐らく柴田トヨは、生涯の記憶がとめどなく紐解かれていくさまを眺めながら、「ようここまで生きてきたなぁ」と、我が身を労わっていたであろう。私も、健常者としての生涯の記憶が、とめどなく紐解かれていくさまを眺めながら、「それでもここまで生きてきたのかぁ」と、初めて我が身を労わる気持ちになっていた。
 若干40歳の若造が、90歳の人にシンクロを感じるとは、誠におこがましい話かとは思うが、それでもこういう感情体験をしたことによって、この映画の印象度は何倍にも増したのである。


 主題歌である、由紀さおりの『わたしのうた』も、初めてテレビの音楽番組で聞いた時に大変気に入り、その歌が主題歌だったことが、映画【くじけないで】に注目した理由にもなったのだ。
 メロディーもさることながら、歌詞がいい。
 《なにをするのも わたしです》 力強く自立を唱えているような、しっかりと自己主張しているような歌詞である。とても勇気付けられる。


 ・・・・・と、ここまで映画【くじけないで】の感想を述べてきたが、この作品に限らず、私は深川栄洋の作品には、ある理由で非常に注目している。
 それは、この監督の作品に主演しているのをテレビで見たことが切っ掛けで、ファンになった女優がいるからだ。
 その女優とは、粟田麗(あわたうらら)である。映画【くじけないで】の存在を初めて知ったのも、実は粟田麗の公式サイトをチェックした時であった。
 では、何故ファンになったのか?初めて偶然テレビで見た時(確か2011年10月頃)、フワッとした感じで雰囲気が淡色系で、顔が犬顔という印象だったからである。
 生まれも育ちも関東であるが、大阪弁で、しかも手話も交えて出演している作品があって、あの演技には圧倒されるものがあった。


 この粟田麗が出演している確率が最も高いのが、深川栄洋監督作品なのである。何でも監督がひいきに(?)しているとかで、よく起用されるのだろう。ただ、他の監督の作品も含め、出演は意外なほど脇役が多く、主演を務めた作品は数えるほどしかない。
 すごく演技が自然体で、何も力を入れずに落ち着いて見られる女優だと思うのだが、何故出番が地味なのだろう?


 今回の【くじけないで】では、主人公柴田トヨの母親の、若い頃として登場していた。作中、現在の℃ト田トヨが母親を回想する機会というのは決して少なくないし、実際、パンフレットでも表紙には絵で、最後のページでは写真で、若き頃の母親が載っている。
 【くじけないで】の前に私が観た深川作品である【ガール】という映画でも、主人公は『今の自分の原点は母親の存在』と感じており、冒頭で僅かに登場した母親役が、粟田麗であった。
 そう。出演シーンは極めて少ないが、作中で語られたり回想されたりする機会が多く、本人は登場しないものの、主人公の人生を語る上では極めて重要な人物、そんな人物を演じているのが、粟田麗なのである。
 【洋菓子店コアンドル】でもそういう役どころだったし、かつてNHKの時代劇でも、本人自身は動きだけで台詞も無かったが、ほかの登場人物の間では、しきりに話題になる、そういう意味では重要どころの存在になっていた。


 『作中で語られる存在としては主役級。しかし本人の出演シーン自体は脇役』
 何だか不思議な感じがするが、これも一つの個性なのか?ほかにこういう役者は多分知らない。
 深川作品を観に行くと、あの人に会える。そういうちょっとした期待感を持って、私は映画館に足を運ぶ。しかしどこで登場してくるか分からない。何しろ予告編等ではなかなか現れることがない、脇役の存在なのだ。出番はほんの少しかも知れないし、比較的多いかも知れない。冒頭に出てくるだけかも知れないし、最後のほうに出てくるかも知れない。ボケーッと観ていたら、観逃してしまう恐れもあり。


 そういう意味では、深川作品は宝探しだ。物語全体を吟味しつつ、各出演者の演技を楽しみながら、一方で宝探し。こんな楽しみ方も、映画にはあるということか・・・・・。


 ファンになって間もない頃は、「これからも色んな映画で主演を務めるのだろう」と想像していたので、過去分も含め、各出演作品の鑑賞記を、当サイト開設10周年の記念作品として綴り、公開しようと、構想を描いたこともあった。
 今年あたり、バーンと主役級で登場してくれないかなあ?と期待する今日この頃。
 そう、確か今年は・・・・・、


 【拝啓 粟田麗様 女優生活20周年、おめでとうございます。ひょんなことからファンになりましたが、これからも応援しています】



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