瀬戸大橋→高松→松山旅行 [その3] 撮影:1992年8月1日



金比羅山と共に有名な、栗林公園を訪ねました。写真は栗林公園内の二コマです。
香川県で有名なのは言うに及ばず、日本全国から世界でも、栗林公園の名は知られています。
フランスが発行している観光ガイドで、『わざわざ訪れる価値がある公園』として選ばれたほか、アメリカの庭園専門誌でも、『2011年日本庭園ランキング』で3位に選ばれています。


私は若干19歳で初めて訪れたわけですが、バックに山(紫雲山、下の写真に写る)がそびえていて雄大だと思ったのと、池の数が多く、池の存在がポイントなのだなと思ったのを憶えています。
上の写真では、手前に葉っぱがびっしり詰まっている部分が一瞬地面に見えますが、実は池の表面で、これが私の中では、栗林公園を象徴する風景として印象に残りました。


下の写真、山の真下にある建物は民芸館だと思われますが、『京の旅館とその周囲』という様な景色にも見えましたね。


次の写真へ
こちらも池を写したものですが、池の上にひしめき合う様にして並んでいるのは、何の葉っぱなのでしょうね?何か一見キャベツの葉にも見えますが(笑)。大変色鮮やかな緑です。その後ろには松の木が並んでいました。
こんもりしたスタイルで並んでいた松の木も、大変印象的でしたね。


次の写真へ
鯉軍団です(笑)。非常に沢山の鯉が泳いでいましたよ。その多さに感心して、また赤と白の鮮やかな体に目を奪われて、しばし眺めていましたが、本当にもっとたくさんの鯉が、もっと広範囲にわたって泳いでいました。エサはやったっけな?いや、それよりもやって良かったのか・・・・ちょっと憶えていないです。芽生えるほうの恋は敬遠しても、泳ぐほうの鯉は大歓迎ですね(笑)。


次の写真へ
さて、栗林公園で一般観光客気分を味わった(笑)あとは、一気に趣味モードに戻ります。帰りはバスで高松築港まで帰ってきましたが、その際乗ったのが左写真のバスです。私がこの旅行で最も興奮した丸オデコのMR470、偶然やってきたのでした。喜んで飛び乗りましたよ!しかも前々日乗ったのとは違うナンバーの車両、ラッキーでしたねぇ♪写真は下車後に撮影です。阪急バスの69年式を思わせる、後部扉付近のスタイル。本当に眉唾物=タイムトラベル物でしたね。


次の写真へ
上写真のバスの車内です。木の床、ズラリと並ぶバス窓、本当にたまりません。92年時点でバス窓というのは、既に希少価値にあたる物でした。阪急バスで最後のバス窓が姿を消してから、もう6年は経っていましたからね。窓枠Hゴムも白で、本当に時代を感じさせます。これらMR系天下も、今では遠い昔の話となり、この写真も私の中では貴重な一枚になっています。それにしても、座席の色が阪急バスと同色というのはいいですね♪また、クーラーもよく効いていましたよ。


次の写真へ
車内を見渡すため、最後部席に座った私ですが(初めて乗った時は製造プレートを見るため、最前席に座った)、右向け右をして撮ったのがこの一枚。最後部の窓です。かつては各地で見られた、バス窓呉羽ボディーの仕様。片台形のこの形が、本当に見事な物に映りましたね。そして窓の横に写る降車ボタンの形の古い事!これも時代を感じさせます。モノコックボディーならではの、窓周辺や側面・リア面・天井、各溶接部分に何箇所も打ち込まれているリベットが、何とも言えませんね。いや〜こうして写真で拝めるのは嬉しい(笑)。


次の写真へ
コトデンバスでハッスルした後は、再び電車の琴電へ。高松築港駅に停車中のこの電車は、3000形315号です。3000は、現在も300号が動態保存されてその姿を見る事が出来ますが、写真の315は現存しません。3000形は1926年製で、前項最後に登場した20形と同い年です。いかめしい面構えの315も、生まれは大正なのですね。15m級の半鋼製車、同じ310番台の番号を持っていた、阪急の300形をどこか連想させます。まあ、世代も近いですしね。2両編成ですが、下写真の車内の様子から判断すると、相棒は345号だと思われます。


次の写真へ
3000形車内です。3000形の内装は薄緑色でした、この車両はご覧のとおり、ニス塗り木目調カラーで、いかにも原型そのままという感じです。
上の写真の解説で、『車内の様子からこの車両が345だと思う』と書いていました。
では何故そうなるのか?実は345は、これより6年前の1986年に、映画『二十四の瞳』の撮影に使用するため、塗装を茶色一色に変更しました。この時、車内も木目調に変更(復元)されており、ロケ終了後、外部塗装元に戻されましたが、車内はそのままで使用したのではないか?と思ったのです。強いてロケ使用前の車内に戻す必要も無いですからね。
という訳で、この車内は345であろうと思っていますが、撮影時、もっとしっかり確認すれば良かったです(悔)。


次の写真へ
3000形に乗った私は、途中乗り換えて志度にやってきました。志度線の終着駅で、これにて琴電は全線完乗となりました。駅舎を写していますが、その左方に電車が停まっているのが見えます。これが志度まで乗ってきた890号車で、1928(昭和3)年、川崎車両製。当時の川車製によく見られた、逆おわん型の深い屋根が特徴の車両です。名鉄3791等で見られましたが、私が乗ったこのタイプの車両は、890だけです。それにしても、ちゃんと車両を撮れば良かったですね。まあ、写真を見る限り、停止位置がギリギリで撮れなさそうにも見えますけど。取りあえず、特徴の深い屋根だけはしっかり写っていますね。


次の写真へ
志度駅は、瀬戸内海のすぐ目の前。ご覧の風景が広がっています。香川県から瀬戸内海を望むわけですから、方角は北を向いている事になりますね。なお、右手に望むのは志度湾です。また、左方向に望める山は、八栗山だと思われます。


次の写真へ
近くの志度寺まで足を延ばしました。香川県さぬき市の観光地として、同市公式サイトなどでも紹介されています。推古天皇の時代に創建され、左手に見える五重塔は、日本で十八番目に誕生した、総ひのき造りの五重塔という事です。琴電の駅から徒歩10分、折角訪ねてきたのだからと思い、暫し境内に入ってきました。


次の写真へ
さて、ここからは場所が一転、坂出市となります。この写真はJR坂出駅近くの商店街だと思われますが、中央に写るヤマト運輸の車が、ちょっと時代を感じさせる物で懐かしいですね。商店街全体の風景も、昭和の時代を漂わせる懐かしいものです。この時は平成4年でしたので、まだ昭和の面影といっても、そんなに遠い昔の話ではなかったですよね。この辺り、現在はどんな感じなのでしょうか?


次の写真へ
画面左上から右中央に向かって、二層式の高架が貫通していく、そのふもとに人工の広い芝生、ここは瀬戸大橋記念公園です。この日に訪れた、もう一つの目的地でした。1988年、瀬戸大橋全通を記念して開催された、瀬戸大橋架橋記念博覧会の跡地を整備した公園で、当時まだオープン4年。その近代的な景観が目を引きました。時刻は夕刻に差しかかっており、人の姿はあまり見られませんでした。ここまでは確か、坂出駅から徒歩でやってきたと思いますが、相当時間が掛かりましたね。


次の写真へ
目の前にビヨーンとそびえるこのタワー。これは瀬戸大橋タワーです。上記瀬戸大橋博覧会の際、アトラクションとして建設されたもので、高さは108m。回転式で360度眺められる展望塔です。水平には右回りにゆっくり回転しながら上昇します。写真はちょうど、108mまで上昇しきったところですね。このタワーの存在も、私は事前に知らずに来ていまして、発見するやテンションが上がりました(笑)。この写真撮影後は、ひたすら、タワーのキャビンが降りてくるのを待っていましたね。なお、右手前に見えるのは資料館だと思われます。この日は夕食も、この公園内で摂りました。


次の写真へ
瀬戸大橋タワーのキャビンに乗り込みました。写真が内部の様子ですが、一人掛けのベンチがズラリと並び、巨大な昇降式観覧車といった感じです。定員は100人で、回転しながら昇降するものとしては、高さが世界一だという事です。乗車(滞在)時間は10分。営業は17:00までですが、この時がちょうど最終便だったと思われ、私以外に乗客はほとんどいませんでした。いや〜最終に間に合って良かった!


次の写真(2枚)へ



さあ、どんどん上昇してきました。眼下に広がる瀬戸内海と瀬戸大橋。見事です。雲も薄く、最高の眺めでしたね。やっぱりこうして見ると、瀬戸内海も“内海”と言えどもなかなか広いし、瀬戸大橋のスケールは雄大です。サンフランシスコで見た、金門橋が少しダブってくる様な印象も受けましたね。四国に来る時は、道路の下、トラスに囲まれた線路部分から(つまり鉄道で)やってきました。上の道路は、まだ通ったことがありません。写真ではあまり表現出来ていませんが、夕景色の瀬戸内海と瀬戸大橋は、大変美しかったです。


さて、上の写真が本州を望んでいるのに対して、下の写真はこちら、四国側のふもとを望んでいます。架橋の向こう側に林立するコンビナートは、コスモ石油製油所です。そしてその後方が坂出湾、2つの山が見えるのは前山と王越山だと思います。


次の写真へ
タワー直下に広がる公園を眺めます。窓ガラスの反射がかなり写っていますが、元々博覧会が開かれただけあって、かなり広大な公園である事が分かるかと思います。画面手前に「水の回廊」が見えますね。そして中央部分に大きく広がるのは「芝生広場」、画面左、周囲を池で囲まれている辺りは、栗林公園をイメージした「浜栗林」です。左側に見える大きな円形の物は、「鬼屏風」と呼ばれる石組彫刻ですね。


次の写真へ
暗い写真でよく判りませんが、実は坂出駅前です。右手に写るイルミネーションのすぐ向こうに駅舎があり、うっすらと正方形のマスが3つ見えるのが、[坂][出][駅]という表示です。こんな写真しか撮れなくてすみません(笑)。それにしても、辺りはすっかり真っ暗。瀬戸大橋公園からここまでは、初めの内は、架橋直下の道をひたすら歩いていました。しかし、暗くなって道が分からなくなり、途中でタクシーを拾いました。道を歩いている時は、瀬戸大橋を通過する車や列車の、「ゴゴゴーン、ゴゴゴーン」という音が、轟きのごとく響いていました。


次の写真へ
高松駅に戻ってきたところです。上の写真の説明で、「タクシーを拾った」と書きましたが、実はなかなかタクシーが現れず、さすがに段々心細くなってきて、「どうなるだろう?」と思っていたのです。それを思えば、よく無事にここまで帰って来れたなという心境でした。なお、写真の電車が坂出から乗ってきたものですが、国鉄顔の111系も2001年3月に全車廃車され、駅構内ともども、今では懐かしい光景となっております。


その4へ進む


その2へ戻る





気まま一人旅行 目次へ 旅行記・乗り歩きの部屋へ